農薬の野生生物への影響
戦後の化学合成農薬による害虫防除技術は,食料の増産と生産の安定化に大きく貢献しました。その反面,1962年に米国のレーチェル・カーソンがその著書「沈黙の春」で述べたように,農薬は直接的に鳥などの野生生物を大量に殺し,生態系に大きな影響をもたらしました。また,DDTなど自然界で残留性の高い有機塩素系の農薬が,生物濃縮を通じて鳥類などに深刻な影響を及ぼしました。
1996年には米国のシーア・コルボーンらが「奪われし未来」を出版し,内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)が野生生物の生殖や行動に異常を引き起こしていると警告しました。内分泌かく乱物質については,日本でも貝類や魚類などの水生動物への影響や内分泌かく乱物質の生物検定法を確立するための研究が急遽開始されました。
環境省は1998年に内分泌かく乱物質として疑われる67物質を過去の論文などを参考に優先的に検討すべき物質として選定したが,この中には多くの化学合成農薬が含まれていました。その後順次,メダカや哺乳類のラット等を対象に試験が行われましたが,2004年現在で,メダカを雌化する物質としては3種類の物質が見つかりましたが,いずれもラットには環境ホルモン作用は認められませんでした。これら3種類の物質は,工業用洗剤の成分(ノニフェノールなど)や樹脂の原料になる物質(ビスフェノールA)であり,農薬は含まれていませんでした。このような試験結果を踏まえ,2004年11月に環境省は上記の67物質のリストを廃止しました。
人間への悪影響が明らかとなっている絶縁等に使用されたPCB,燃焼によって生じるダイオキシンについては,現在では農業以外から排出されています。しかし,かつて水田除草剤として多用されたCNP剤やPCP剤にダイオキシンが副生成物として微量に混じっていたために,水田,河川等のダイオキシン汚染の原因となったことが知られるようになり,これらの農薬の使用が禁止されました。
プラスチック製の農業用ビニールや防虫網などを安易に野焼きするとダイオキシンが発生する場合があるので、これらの廃棄は専門の処理業者に頼んで安全な処理を行う必要があります。
さらに,殺虫剤は農業生態系に生息する様々な野生生物にも作用するため,水質汚染や農地外へのドリフトによる生態系への影響を避ける必要があります。環境省は農薬製造会社等が農薬を登録するに当たって,農薬が水生動植物へ与える影響を魚類,甲殻類(ミジンコ)および藻類への毒性および農薬の環境中での予測濃度に基づいてリスク評価することを義務づけ,基準を超える場合には登録を保留することとしました。生産者は,農薬の使用に当たって,人の健康に対するリスクの回避と環境への負荷の軽減,すなわち,河川や湖沼の農薬による水質汚染や,ミツバチ,カイコ,鳥類などに影響がないように十分に注意する必要がある。